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加瀬邦彦&ワイルドワンズ、武道館コンサート

2006年11月02日
加瀬邦彦&ワイルドワンズのコンサートに行ってきた。

ワイルドワンズは「想い出の渚」で知られるグループサウンズ系のバンドである。

わたしが属するキャンピングカークラブ「C.C.C」の主催者・上原さんがワイルドワンズとの交流が深く、その縁からわたしもよく彼らの演奏は見聞きしてきた。

ワイルドワンズ率いる加瀬さんは加山雄三さんの弟分。上原さんは加山さんのバンド、ハイパーランチャーズのベース担当。

で、ハイパーランチャーズのドラム・植田氏、ギター・島氏はともにワイルドワンズのメンバーだ。つまり、ハイパーランチャーズとワイルドワンズは切っても切れない関係なのである。

ちなみに上原さん、キャンプをしているときはTシャツにスウェットのズボンという、飾りっ気のないいでたち。

いつも仲間のキャンピングカーにソーラーを付けてあげたり、ダジャレで宴会を湧かせたり(寒くさせているというウワサもあるが)、自ら料理の腕をふるって仲間に食べさせたり、根っからオートキャンプ好きなただのおじさん・・・いやいやお兄さんである。

しかし、この人の芸歴はものすごいのだ。

GSブームが巻き起こった60年代の終わから70年代にかけていくつかのアイドルGSグループに所属し、なんとあの「銀座NOW」に出演したこともあるという、バリバリのアイドルなのであった。

「銀座NOW」は子どもの頃、わたしも観ていた。と書くと、すっかり年の頃がバレバレだ。

いずれにしても、幼い日のわたしは上原さんを観ていたかもしれなかったのである。

もちろん上原さん、今でも加山雄三氏のバンドの他、いくつかのフィールドで活躍なさっている。年に数回はテレビに出ている立派な芸能人なのだ。

一方、わたしがワイルドワンズの演奏を最初に見たのは、昨年の湯沢フィールド音楽祭のとき。

彼らの最大のヒット曲、というか、この曲一つで40年持ちこたえてきた「想い出の渚」は、どこかで聞いたことがあるという印象だった。

それが最近のGS復刻ブームに乗って、ワイルドワンズは頻繁にテレビに出るようになった。それをマメに全部見ているうちに、こうして武道館コンサート観劇という運びとなった次第である。

夫が応援するハイパーナッツというバンドが今年の湯沢フィールド音楽祭に前座として出演し、その数日後、ドラムのまっちゃんが楽器店で偶然ワイルドワンズの植田さんに出会ったという出来事もあった。

その縁からまっちゃん、新平君も一緒に観に来ていた。

新聞で読んだ話だが、1966年にビートルズが来日し武道館でコンサートが行われた際、ワイルドワンズも前座として出演する予定であったという。

だが、出演者はコンサートが観られないため、辞退したのだとか。

その日から「いつの日か武道館でコンサートを」と夢見てきたという。武道館でコンサートを開くことは、メジャー歌手のステイタスのようなものだろう。だが、1万人は集客しないといけないため、「無謀な試み」と言われることもあったとか。

しかし、ざっと観客席を見渡すと、ほぼ満席。大成功と言えるのではないだろうか。

ワイルドワンズのメンバーは平均年齢60歳であるが、観客の年齢層も高い。

わたしたちなどそうとうに若い部類だ。

そのため総立ちになることもなく、コンサートは穏やかに進行していった。

だが、ゲストに沢田研二が現れるや、とつぜん大変な盛り上がりとなった。もしかして、会場全部がワンズじゃなくてジュリーのファンじゃ? と思うくらい、客のノリがぜんぜん違っていた。

年をとってかなり太ったジュリーであるが、さすがのカリスマ性である。

フィナーレでは加山雄三氏が観客席の後ろから堂々登場。

弟分のワンズが「武道館でコンサートをしたい」という夢を果たしたこの日に来ないはずがない。

予想はしていたが、やはり加山氏が現れると空気が違う。

この人のカリスマも大したものだ。

カリスマというより、大スターのオーラが噴出していた。

ジュリーも同様。だが、ジュリーのような大スターを輩出しなかったことが、かえってワイルドワンズの寿命を長持ちさせたとも言える。

バンドと花形スターの関係には、とても興味深いものがある。
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