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お試し受験?

2005年01月20日
今日、長男が生まれて初めて受験をした。

これまで試験というものにまったく無縁の人生だった。

小学校のテスト以外は、模擬試験なども一切受けたことがなかった。



それがいきなり本日、私立中学校の入試試験を受けたのである。

第一志望の学校でもなく、はっきり言ってしまえば「お試し受験」と呼ばれる部類の受験である。

だが、この世に生を受けてわずか12年の長男にとっては、大変疲れる経験だったようだ。

帰宅した今、抜け殻のようになってテレビを観ている。



わたしも、とっても疲れた。

まず朝5時20分に起きて朝シャン、そしてお弁当づくり。子どもたちに朝食を食べさせ、自分の身支度を整え、6時40分に自宅を出発。

幸いにして夫が車で送迎してくれるので、気持ち的にはかなり楽だ。

でなかったら緊張で手が震えるほどだったに違いない。



高速道の渋滞もさほどではなく、予想した時間に学校に到着。

だが、ここで大きなポカをやらかしてしまった。



路上に車を停めて道路に降りたち、手にしていたクリアファイルの中身を再確認。

中に入れてあるはずの受験票を探すが、なんとないのである。

車の中ではちゃんと入っているのを確認したはずの受験票が、だ。



慌てて車の中やらバッグの中やら、引っ繰り返すようにして探した。

だが、ない。

頭の中が真っ白になりかけた。

無意識のうちにどこかに挟んでしまったのかも、と思い、車中にあったすべての冊子類、書籍類のページを繰ってみる。

だが、ない。

もしかしたら道路に落としたのかもと思い、車の下やら道路やらを人目もはばからず探してみる。

だが、ない。



20分ほど探したところで諦め、学校に行った。

受験票は必須だが、ないと受けられないというものでもあるまい。

開き直って「無くした」と言い、受けさせてもらうしかない。



覚悟を決め、受付係を務める女子中学生に、

「あの~受験票を無くしたので・・・先生とお話ししたいのですが」

と申し出る。

すると女の子はすぐさま教員の所へ行き、事情を伝えてくれた。



教員は「あっ、はいはい」と気軽に紙切れのようなものを女の子に渡した。

仮の受験票のようなものを発行してくれるのだろうか。

わたしはその紙を見ながら、そう思っていた。

女の子が戻ってきて、

「これではないですか?」

と、その紙を見せてくれる。



見ると、なんと、、、無くした受験票ではないか。

長男の写真がしっかり貼ってある、あの受験票だ。

一瞬唖然となり、次には思わず安堵の笑みが漏れた。

あ~よかった。

誰かが拾って、届けてくれたんだ。

きっと、車の横を歩いていた受験生の保護者に違いない。

まさに「渡る世間に鬼はない」だね。



だが、よく考えると不思議でならない。

わたしが受験票と「受験の注意事項」について書かれたプリントを挟んだクリアファイルを持って車から降りたのは右側のドア。つまり、車道側ってわけ。

そこから数歩歩いて歩道に上がり、夫が車に施錠したところで「あ、ちょっと待って、受験票がない」となったわけである。

その間、わずかに1、2分。

すぐ近くにには夫と息子がいた。

おそらくクリアファイルから滑り落ちたのだろうが、誰も気づかなかったのは不思議だ。



助手席から降りて車道にいる時に落としたのだろうか。それなら、紛失に気づいて車に戻った時、落ちている受験票になぜ気づかなかったのだろうか。



いつ落としたのか、どういった形でクリアファイルから落ちたのか、どこに落としたのか、いつ人に拾われたのか、まったくもって不可解なこの事件。

だが、ともあれ息子は無事に試験会場入りすることができた。



夫は、「車に乗ってる時から言ってることが変だった。動揺してたに違いない」と言う。

車中で面接の予行練習をしていた時、試験官に扮したわたしが

「入学したら何部に入りたいですか?」

と質問したら、息子は

「テニス部に入りたいです」

と返答。



だが、わたしはそれをスキー部と取り違え、

「この学校、テニス部はないよ」

と言っていた。

息子ははっきりと「テニス部」と言い、わたしもしっかり「テニス部」と言いながら、頭の中ではなぜか「スキー部」だと思いこんでいたのである。

そんな有様だから、車を降りる時も平静ではなかったのだと夫は言うのだ。



だが、クリアファイルを愛用してウン十年、いまだかつてモノを落としたことはない。

ちゃんと持っていたはずなのに・・・どうにも納得がいかない。

でも、いい教訓になった。

拾ってくださった方、どうもありがとうございました。



さて、明日は結果発表のため、再びこの学校を訪れなくてはならない。

明日は落ち着いて、平静に・・・できるかなぁ~?

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今日の入試

2005年01月20日
さて、しょっぱなから受験票を無くすというアクシデントで幕あけした息子の受験について。



四科目の試験の後、お弁当を食べ、1時から面接という
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合格発表?

2005年01月22日
今日は、昨日受けた中学校の発表の日。

学校の正面玄関に午後2時、それは張り出される。



わたしは午後0時40分頃、車で家を出発した。

目的地が近づくにつれ、心臓の鼓動は回数を増し、頭の中は酸欠気味だ。

喉から胸のあたりもなんだかモヤモヤして、心なしか息苦しい。



合格発表なんて、自分の大学入試のとき以来だ。

あのときも同じくらい緊張していたが、母が同行してくれたのでまだ少しは安心感があった。

それに自分自身で受けた試験だから、ある程度手応え感というものがある。

だが、今回は息子が受けた試験。どの程度できているものか、さっぱりわからない。



昨日、試験会場から出てきた息子に「どうだった?」と聞いてみたら、「まあまあできたよ」という返答だった。

もっとも息子の場合、「できた」というのは「書き込めた」という程度の意味でしかない。

それが正解しているかどうかは、かなり疑わしいのである。



それでも、「国語も算数も理科も、だいたいできた。社会がちょっとね・・・」ということだったので、ちょっと期待しないでもない。



それにしても、朝の入試開場前に勢揃いしていた大手進学塾の講師たちのお迎えには圧倒されてしまった。

雑誌などで塾講師による「励まし」が行われているとは知っていたが、実際目の当たりにすると、かなり精神的に威圧される。

「ああいう塾に何年も通った子たちが受けに来るんだもんなぁ。うちの子なんて6年生になってから準備したんだもん、こりゃ太刀打ちできるはずがないわ」

てな気分になる。

そのあたりも狙った作戦なのだろうか。これでメゲてしまっては、相手の思う壺である。



運転しながら、

「ひょっとしたら合格してるかも」

「やっぱり駄目かも。倍率すごいし」

という二つの考えがかわるがわる浮かんでは消え、浮かんでは消える。

その際、あの大手進学塾の腕章をつけた講師たちの居並ぶ姿がイメージとして必ず浮かんでくる。



いくら「お試し」とは言え、本命である2月1日以降の受験への練習台とは言え、落ちたらそれはやっぱりショックだ。

行く気のない学校でも、「合格していて欲しい」と思うのが当然の心理ってもんだろう。



とはいえ初日で合格してしまっては、2回目の受験が受けられなくなる。2回分の検定料を払っているのに、練習の機会が1回失われるというわけだ。

そして無事(?)不合格となり、2回目の試験を受けられたとして、それが合格だった場合は入学費16万円を払い込まなくてはならない。



2月の試験校のどれかに合格したら、この「お試し」校は辞退となる。当然、16万円も返ってこない。

これはちょっと痛い。

だが、2回の試験とも不合格となれば、やっぱり精神的にショックである。



どっちに転んでもショックが残るケースだ。

でも、やっぱり2回とも不合格だったというより、16万円捨てた。という方がまだ気分がいいに違いない。



さて、車に乗ったわたしは、1時半に学校前に到着した。

正門前の道路にはコーンがずらりと並べられ、駐車できない状態になっていた。

試験本番のときには停め放題だったのに、合格発表の時はなぜか停められなくしてある。

短時間で済むため、路駐する人間が多いからだろうか。

コーンがなくなっている先まで車を進め、そこに駐車して正門まで歩く。



わたしの脳の酸欠状態はますますひどくなり、今にも倒れそうだ。

こういう緊張感は本当にたまらない。

いや、いい意味での「たまらない」ではなく、本当に辛い。

少しでも早く終わらせたくて、小走りに正門へ急いだ。



2時までまだ20分もあるが、門の中にはすでにたくさんの人が集まっていた。

風の強い中、しばらく待つ。

寒い。手袋をしてくればよかった。

じりじりと待つこと15分。

2時5分前、正面玄関の中からいよいよ掲示板が出てきた。



人垣を堰き止めていた黒と黄色のポールが外され、受験生と保護者たちが掲示板へと歩き出す。

わたしも小走りに急いだ。

結果を早く見て、この胸苦しいほどの緊迫感を解消したいという一心だった。

そして、数字が見えるところまで来た。



ない。

息子の受験番号がない。

必死で見たが、やっぱりない。

一つ前の番号はある。息子の番号はない。そして、次の番号もない。その次の番号はあった。

何度も何度も確かめる。側にいたお父さんは、「よしっ!」とガッツポーズしていた。

「やった、受かった」

と小躍りする女の子の姿もあった。



わたしは極力平静を務めて、掲示板の前から立ち去った。

体育館では合格通知票の発行が行われている。

それを手に飛び出してくる女の子の姿を横目で見ながら、わたしは何事もなさそうな様子で学校を出た。



車に戻り、大きな溜息をつく。

やっぱり駄目だったか。

合格したら困るなとは思っていたけど、やっぱり落ちればショックだ。

すぐに携帯で夫に報せるべきところだが、その気になれず、わたしは車を発進させた。





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お試し受験?

2005年01月22日
昨日、1時間以上かけて合格発表を見に行ったものの、結果は不合格。

学校から帰ってきた息子は結果を聞き、もう明日の2回目を受けに行くのは嫌だと駄々をこねた。



漢字の学習をさせたが、気が入らないことおびただしい。

夫と二人がかりで説得し、ちゃんと勉強すると誓わせ、その日は就寝した。



そして、今日土曜日は同じ学校の2度目の試験日である。

前回は夫が送迎をしてくれたが、今回はもう慣れたということもあって、わたしが一人で息子の送迎にあたった。



助手席に座った息子は、走り出してしばらくすると腹痛を訴えた。

さらに高速道に乗るや、車酔いまで起こしていた。

おそらく心理的なプレッシャーもあるのだと思う。

けっこう小心で神経質なところのある息子は、緊張を強いられたり嫌なことがあったりすると、すぐ腹痛を起こすのだ。



むっつりと不機嫌な息子を乗せたまま、車は高速道をひた走る。

すると、箱崎ジャンクションの数キロ手前で、20分の渋滞にあたった。

首都高速道路・箱崎ジャンクションの渋滞といえば、都内をよく走るドライバーなら知らぬ者とてない悪名高き難所である。



それが怖くて6時40分に出発したのだが、見事にはまってしまった。

時は7時40分。車はノロノロ、なかなか進まない。

気ばかり焦る。

頭の中がすーっっと酸欠になっていくのがわかる。

ああ、アタシも小心者だ。



それでもようやく箱崎を通過し、空いている支線へと抜けることができた。

ここから目的地まではあとわずかだ。

試験会場に到着したのは、8時10分。まずまず予定通りではないか。あ~よかった。

車を停め、息子と一緒に歩いて正門から入る。

今回も、大手進学塾の講師たちが総出で出迎えと激励をしている。



市進、栄光、N研、トーマス、などなど。

そのどれにも属さない我が息子には、出迎えはいない。

もしあったら、いい結果が出るのだろうか。このセレモニーには一体どれだけの効果があるのだろう。

などと考えながら、さっさと受付に向かう。



注意事項のプリントを受け取り、会場となる校舎の入り口で上履きを履かせ、息子を見送る。

どの子も淡々と親から離れていく。うちの息子もそうだ。

「頑張ってね」

と声をかけてみるが、気休めでしかないのはわかっている。

むしろ、掛けてはいけない言葉、ナンバーワンという説もある言葉だ。

それでも、それ以外に言葉は見つからない。



齢わずか12で大きな試練に立ち向かっている息子。

赤ちゃんだった頃は健康でいてくれればそれでいいと思っていた最初の子である。

それなのに重い期待を背負わせ、入試という過酷な闘いに送り出そうとしているアタシは、なんと熾烈な親だろうか。

本当は抱きしめて送り出してあげたい。でも、そんなアメリカ人みたいなことをしている親子は一組もいない。

息子は淡々と、誰一人知る人のいない試験会場に独り入っていった。



いろいろと心配は尽きない。

受験票は無くさないだろうか。(無くしたのはアタシだ)

試験中、腹痛がひどくならないだろうか。(これは途中で治ったらしい)

トイレに行きたくなったら、対処できるだろうか。(一度ももよおさなかったらしい)

消しゴム、無くさないかしら。(心配のしすぎだってば)



合格できるかしら、といった心配はもうどこかに失せていた。

とにかくちゃんと受けてきてくれればそれでいいや、という考えに落ち着いていた。



わたしは車に戻った。さて、これからどうしようか。

今日の入試は2科だから、11時には終了する。いったん家に戻るほどの時間はないし、繁華街に出るほどの余裕もない。

できれば地方型の大きなジャスコにでも行きたかったが、まだ9時前。

ナビで検索してみるとイトーヨーカドーが2キロほどのところにあるが、この時間ではまだ開いていない。



テレビをつけ、とりあえずHNK総合の番組を観た。

銀行のペイオフについて詳しく解説していたので、多額の貯金などないわたしだが、とりあえず勉強のために観た。

そして、シートを倒して一寝入りしようかなぁ・・・と思った矢先。

目の前に向き合う形でトラックが停まり、助手席から一人の男が降りたった。

なにをするのかと思えば、側の塀で立ちションを始めたのだった。

うう、レディの眼前でなんということを・・・。思わず警察に通報してやろうかと思ったぞ。

男が用を足しながらこちらを向いたので、思い切り睨んでやった。

この恥知らず。



トラックが立ち去ってからしばらくして、コンビニに行くことにした。

車を発進させ、1キロほど離れたセブンイレブンへ。

そこでパソコン雑誌とヨーグルトドリンク、お菓子などを買い込み、再び学校に戻った。

先ほどは学校横の細い裏道に停めていたのだが、今度は学校の正門から数メートルという場所に駐車した。

前後には受験生の親と思われる車がポツポツ停まっている。

さっきなんか、セブンイレブンの店員さんに「この辺に喫茶店はありませんか」と訊いている中年の夫婦がいた。



おそらく車以外の交通手段で送迎に来ていた夫婦で、時間待ちのあいだ喫茶店にでもと探していたのだろう。

車だと中で時間をつぶせるが、バスや電車だとそうもいかなくて大変だろうなあ。

他にもあたりとウロウロしている夫婦がいたりして、どこも子どものためには一生懸命な姿が伺える。



わたしは車の中でお菓子を食べながら雑誌を読んだ。

あっという間に10時になった。

そろそろ眠くなったので、椅子を倒して眠りに就く。二度ほど寝る体勢を変えたが、おおむね熟睡できた。

目覚めたのは、なんと11時ちょうど。おお、わたしの体内にはタイマーがセットされているのだろうか。



椅子を起こし起きあがってから1分くらい経った頃、息子から電話が入る。

まさに絶妙のタイミングだ。

正門を出てすぐのところに停まっていると伝えると、まもなく息子が車に乗りこんできた。



「どうだった?」

と、わたし。これも訊いちゃいけない言葉だとなにかで読んだのだが、訊かずにはおれないって。

息子は、

「そんなに難しくなかった」

と答えた。

2回目は難しくなると予想していたのだが、思ったほど難解な問題はなかったらしい。

漢字の書き取りは意外と簡単な問題が出て、全問書けたようだ。

息子にとって書き取りは最大の難関なので、できる漢字が出たのはラッキーだった。



国語の長文読解の設問も、自分の言葉で説明を求める問題は出なくて、多くが選択か書き抜きだったらしい。

だが、息子にもできたということは、他の受験生も楽々解ける問題だったということになる。



2回目以降はどこも偏差値の高い子どもが受けに来ることが多いため、倍率も偏差値も高めになるのが常だ。

それで解きやすい問題だったということは、、、、



結果はまた明日の2時にわかる。



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合格発表?

2005年01月23日
で、翌日。昨日受けた入試試験2回目の合格発表の日である。

日曜日だったので、朝寝してのんびり起きて、身支度して、

「出かけるよ。」

と息子を誘うが、行かないと言う。

どうやら車酔いが嫌なのと、なにより自宅でゲームをしていたかったらしい。



しょうがないので、また一人で車に乗り込み、学校へと向かった。

日曜日の首都高速道は嬉しいくらいに空いている。

怖いくらいビュンビュン飛ばせる。



が、その一方で「サンデードライバー」と呼ばれる下手っぴいもたくさん走っている。

それが、ただの下手ではない。

上に「超」が3つ付くほどの下手っぴいで、めちゃくちゃ慎重だ。

首都高に乗る前も、死ぬほど慎重でノロノロ運転の車に対して、わたしは2回ほどクラクションを鳴らしていた。

青の交差点なのに、速度10キロで通過しようとするおっさんとか、なんでもない所でブレーキをかけてばかりのおっさんとか、車間距離開けすぎのおっさんとか。

ホント、もう嫌になる。

別に急いでいるわけではないが、ペースが乱されるのはいい気分ではない。



目的地には40分で到着した。

平日なら箱崎ジャンクションの渋滞などで、たっぷり1時間から1時間半はかかる。

それが、トラックがあまり走っていない今日は、たったの40分。一部のうざったいサンデードライバーは別にして、なかなか快適なドライブだった。



発表掲示の2時まで40分も早く着いてしまったので、少し大回りをして学校前の道路に出た。

案の定、正門前の道路には数百メートルに渡ってコーンが立てられている。

路駐を禁ずるためだ。おとといの発表の時もそうだった。



そこで学校の敷地に添って左折し、横の裏道に入る。

その道は最初の数メートルだけコーンが立てられているものの、あとは無法地帯となっていた。

すでに何台かが路駐しているが、時間が早いため、わたしが停められるだけのスペースはある。



違法投棄されているベッドとタイヤの間にかろうじて車を停め、そこで時間まで待つことにした。

この場所なら正門までそれほど歩かなくて済む。

正門よりずっと先まで行けばコーンはないが、かなりの距離となるのである。

続々と発表を見に来たと思われる車が横を通過し、駐車スペースを探している様子だ。

もうわたしの前後はいっぱいになっていた。



テレビをつけると、「都道府県対抗男子駅伝」をやっていた。

しばらくそれを観ながら時間をつぶし、1時50分になってから車外へ出た。

どちらかと言うと、わたしはあまり結果を見たくない心境になっていた。



たぶん、駄目だろう。そう思っていた。

なにしろ2回目の募集人数はわずかに40名。可能性は低い。



裏道から正門前の表通りへ出ると、学校の職員が路駐に目を光らせていた。

なんでこんなに厳しいんだろう。

近所の住民から毎年苦情が出ているのだろうか。

路駐し放題のあの裏道は、接している土地が住宅ではないため、野放しなのかも知れない。



さて、正門から中に入る。正面玄関から50メートルほどの所では、前回同様、時間を待つ受験生と保護者がかたまっている。

わたしがその集団の先頭のほうに入っていくと同時に、発表の掲示が出てきた。ナイスタイミング。



ぞろぞろと歩いて掲示板前に至る。もはや急ぐこともなかった。

おそらく駄目だろうという直感は当たっていた。

やはり、息子の番号はなかった。



前回はショックで気が動転していたのだろう、学校から遠ざかる車を運転しながら、

「本当に番号はなかったのだろうか。ひょっとして違う番号の列を見ていたのではないかしら。戻ってもう一度見よう」

などと考えていた。

ちゃんと見たかどうかも怪しくなるほど気が動転するとは。

そこで今回は、あとで心配にならないよう、ちゃんと息子の受験番号のあたりをデジカメに収めてきたのだった。



あとで見返してみて、こんなことをしっかり確認してどうする。

などと、ちょっと虚しい気分になったものだ。

でも、これで16万円を捨てずに済んだ。落ちたのはショックだったが、縁がなかったのだと諦めるしかない。



2月から本番の入試には絶対受かる。

そう信じて、わたしは再び首都高に乗り家路を急いだ。
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友だちとの電話

2005年01月24日
今日、OL時代からの親友より、久しぶりの電話があった。

彼女の長女は、うちの息子と同い年。赤ちゃんの頃から一緒の体操教室に通ったりして、とっても仲良しだった。



昨年の初めの方くらいに、娘さんが受験するという話は聞いていた。

それがお話にならないくらい高ランクの学校を娘さんが希望しているのだという話だった。

その頃は、わたしの頭に受験の「じゅ」の時もなかったので、「ふーん」という程度に聞いていた。

その後、わたしも息子に受験させることを思い立ったわけだが、去年8月の終わりに電話で話したのを最後に、彼女とは連絡が途絶えていた。

受験で大変な時期だから、試験が全部終わったら電話しようと思っていた。



それが今日、なにを思ったか彼女の方から掛けてきたので、つい2時間も話し込んでしまった。

で、どこを目指しているのか聞いてみた。難関女子3校のちょいと下くらいの高ランクの女子校である。

一度行った学園祭でその学校に惚れこんでしまい、それ意外は眼中にないのだそうだ。

親はもちろん、塾の先生も「無理だ」と反対しているにもかかわらず、「絶対にここを受ける」と頑なに意志を変えないのだという。



凄まじいほどの鋼鉄の意志だ。それに学力が伴っていれば鬼に金棒なのだが、本人の偏差値は希望校より10も下なのだそうだ。

親である友人は呆れ果て、すっかり諦めモードだった。

いちおう学力に見合った「抑え校」も受けるのだが、そちらは1日だけの試験で、受かるという保証もない。



やれやれ、どこも大変だわ。わたしは溜息をついた。

うちの息子は自分から言い出したわけでもなく、親がいきなり切り出した私立受験に乗せられ、わけもわからず塾に通っているという風情だ。

本人が切望してのことではないから、当然やる気もあまりない。

だが、人の意見にまったく耳を貸さない友人の娘のようなケースも、親は本当に苦労する。それでいて学力はそれに見合うだけのものがなく、親はやきもきするばかり。

どっちもどっち、うちも友人も、本当に今は胃の痛い日々が続いている。



この数週間は本当に日々の流れが遅いと感じているという点で、非常に意見が一致していた。

毎日がスローモーションで動いているような感じ。

早く終わってほしいと思っているときほど、時間はゆっくり動いていくものなんだ。

楽しいことほど早く終わってしまう。

人生とは思う通りに進まないものである。
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