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ぎっくり腰

2004年12月02日
今日、ちょっと開いた時間を使って、チューリップの球根を植えた。

元から置いてあった場所に植え付けて、他の鉢を別の所に移動しようと、持ち上げようとした。

そんなに重い鉢ではないはずだったが、その瞬間、腰にピキッという衝撃を感じた。

そのままの姿勢で固まり、次には道路に四つん這いに這いつくばっていた。



もう動けない。痛みもあったが、それより下半身にまったく力が入らない。

地面に手足を突いたまま、どうしよう・・・

と思案する。

幸い、その場所は夫の実家の玄関前。わたしはすぐ目の前にある自分の家と夫の家の前を行ったり来たりしながら球根を植えていたのである。

這いつくばるわたしの目の前には、夫の実家の玄関がある。

しかもガラガラ引き戸なので、叫べば誰かの耳には入る。幸い、夫が中で事務仕事をしていることはわかっている。



ドア越しに、夫の名を呼んだ。

すぐに反応があり、ドアがガラガラと横に開いた。

「助けて~・・・」

わたしは四つん這いのまま、情けない声を出した。

「あ、そこにいたのか」

夫はもっと遠くを見ていたらしく、視野の下方に這いつくばるわたしの姿が見えなかったらしい。

「どうしたの?」

「ぎっくり腰・・・」

「えーっ」

夫は靴を履いて側まで来た。起こそうと手を貸してくれるが、痛くてとても立ち上がれない。

例え強力な力でひょいと立たせられたとしても、まず腰に力が入った時点で激痛が走る。立っていられない。



これが「ぎっくり腰」というものか。わたしは思った。

わたしの母はこれを患い、さらに椎間板ヘルニアにまで至ったため、半生を棒に振ったと言っても過言ではない。

もっとも今は治療法も発達していて寝たきりになるということはないだろうが、当時かかった医者が悪かったのか、リハビリをちゃんとしなかったのか、とにかく母は自由に歩き回ることができなくなってしまったのだ。

幼いある日、帰宅したら、暗い部屋で母や寝ていた光景が今でも目に浮かぶ。



さて、夫に掴まりながらかろうじて立ち上がり、わたしはそろそろと我が家の方に歩いていった。

夫の母も出てきて、一緒に手助けしてくれる。

それにしても、なんという激痛だろうか。

骨盤の上にちゃんと背骨を乗せておけば、かろうじて歩ける。が、その姿勢が少しでもズレてしまうと激痛が走り、立っていられなくなる。

バタンと崩れ落ち、再び立ち上がることが困難になってしまう。

そのため少しでも痛みを味あわないで済むよう、慎重に歩を進める。



が、玄関まで帰り着いたはいいけど、土間からの段が上がれない。

右側の足は上がったが、そこにグイと力を入れて体を持ち上げ、反対側の足を上げることができないのだ。

すさまじい激痛が腰に走り、とても立ったまま登ることはできない。



健康な時にはまったく意識せず、ひょいと上がれていた段差が、こんなにも高いものだとは。

わたしは再び這うようにして段を上がろうとしたが、やはり反対側の、土間にある方の足が上がってこない。

そのためには足を宙に浮かさないといけない。が、痛くて、足を浮かせることができない。



そう言えば、母も庭仕事をしている時に腰に激痛が走り、這うようにして床についたと言う。

なるほど、これがぎっくり腰というものなのか。

わたしはあちこちに掴まりながら立ち上がり、やっとの思いで部屋に入った。



だが、ココでゆっくりもしていられない。

今日は小六の息子の学校で、ミニコンサートがあるのだ。6年生2クラスが小グループに分かれて歌謡曲などを演奏する。

何日も前から「ママ、ぜったい来てよね!」と念を押されていた。

それにどうしても行ってあげたい。息子がとっても楽しみにしていたコンサート、行かなかったら、どんなにガッカリすることか。

可愛そうで、とても欠席などできない。

が、この腰で、この状態で果たして行けるのだろうか。

トイレすらもまともに行けない有様なのに。



結果から言うと、行けた。自転車に乗るとちょっと痛みが走ったが、こぎ出すとなんとか前へ進む。

杖を前カゴに下げて行ったが、学校に着くと、恥ずかしいので使用はやめた。

実はこの杖、アルコーという商品名で、去年の敬老の日に義父にプレゼントしたものなのだ。

杖と言ってもアルミ製で、小さな丸い椅子がくっついている。歩いていて疲れたら椅子に早変わりさせて休めるというシロモノ。

だが、義父はそれを使わず、木の杖を使って病院通いをしていた。

まさかそのアルコーをわたしが使う羽目になるなんて、思いもしなかった。



自転車を停め、コンサート会場となる体育館に入る。痛いが、歩けないほどではない。一番前の空席を見つけ、座った。

座っていれば、さほど痛みはない。

コンサートを最後まで聴き終え、終わるなり帰宅した。



帰ってからまだデスクワークがあったので、義母の家に間借りしている事務所で、夕方まで仕事。

実はこの長時間デスクワークが腰にもっとも負担がかかるのだという。

しょうがないじゃない、決算期なんだから。



トイレには這って行った。

這ったままトイレに入り、そのままドアが閉められないので、義母を呼んで閉めてもらう。



そして5時頃、遊びに行っていた娘が帰ってきたので、息子も一緒にSクリニックへ。この日、予定していたインフルエンザ・ワクチンを受けに行くのだ。

ここのクリニックの看護婦さんは注射が上手で、去年からインフルエンザのワクチンを受けに行っている。

「ここの看護婦さんは上手だから痛くないのよ」

と言うと、恐がりの娘も納得して受けてくれるのだ。

もともと整形外科が専門の先生だから、奇しくもぎっくり腰の具合を看てもらうことになった。

「えっ、なに? ぎっくり腰? 運動不足じゃないの」

と言いつつ、ちょっとバンカラな先生が腰の状態を見てくれる。

「じゃあ注射してあげようか」

ということで、ぶっとい注射が用意された。



「えっ、でかくないですか~!?」

と驚愕すると、看護婦さんが「針は細いですから」と笑う。

「い、今やるんですか?」

怯えるわたし。

実は子どもたちにワクチンを受けさせに来た手前、大きな声では言えないのだけど、痛いのがとっても苦手なのだ。

「今やらないでいつやるんだよ」

と、先生。

無造作に腰の皮膚を消毒し、ずぶっ、と刺してきた。

ひょえっとかなんとか悲鳴を上げ、わたしはさらに怯えた。

針がずずっと入ってくる感触がわかる。

痛くはないが、めちゃくちゃ怖い。

針が抜かれたかと思うと、また別の場所にズブリ。

これはちょっと痛かった。

また悲鳴を上げた。



よく考えると、診察室にはドアがない。内科ではないから実におおらかで、診察室の様子が外で待つ患者に筒抜けなのだ。

うかつだった。娘に大騒ぎする様子を聞かれてしまっていたのである。

息子は別のクリニックに薬をもらいに行っており、この時まだいなかったのがせめてもの救いだろうか。



わたしはアルコー杖をついて待合室に戻り、座った。

次は娘がワクチンを打つ番だ。一緒に来てくれた義母と診察室に入っていく。

こんなにも情けない母の有様に接したせいだろうか。

それとも、去年も「上手な看護婦さん」に打ってもらったという”実績”のせいだろうか。

娘は実におりこうさんだった。

「今年はもう大丈夫だなー」

という先生の声が聞こえてきた。

娘は「ぜんぜん痛くなかったよ!」と大いばりで戻ってきた。

済みません、母は痛かったです・・・。



(明日に続く)



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で、ぎっくり腰の続き

2004年12月03日
処方箋薬局へ行って薬をもらうなどの面倒なことは、義母が代わりにやってくれた。

ありがたや。



わたしは息子と自転車を連ねて帰った。こんなんでよく自転車になんか乗るよと、自分でも感心する。

それでも歩くのはとても無理、バイクも腰に負担がかかってスタンドを立てられないので無理、となるとやっぱり自転車が一番。



家に着いて自転車を停めると、息子がすっ飛んできて代わりにスタンドを立ててくれた。

おお、優しい息子よ。

家に入り食事して薬を飲み、寝る支度をするあいだも息子はなにくれと面倒をみてくれた。

洗濯機から洗い物を出して乾燥機に入れたり、乾燥機から出した洗濯物をタンスに入れたり、明日着る服にアイロンをかけたり。



「明日はママ起きなくていいよ。ぼくが朝ご飯作るから」

と泣かせることを言ってくれる。

ううう、なんていい子なんだ。

こないだは猫の方が可愛いなんて言ってごめんよ。

猫なんて、わたしが玄関で這いつくばっていた時、助けにもなんにもなってくれなかった。

新之助(2歳のサバ猫)も「ママ、ぼくの肩に掴まりなよ」

くらいのことを言ってみっ、つーの。



この時ほど、子どもがいてよかったと思ったことはなかった。

息子は「ぼくの肩に掴まって」と甲斐甲斐しく介抱してくれ、かなり頼りになる。

いつの間にか頼もしい12歳になってくれちゃって。

母は嬉しいよ。



と、感激しつつベッドに倒れ込んだはいいが。

横たわれない。

困った。

まだ床にある方の足が持ち上がらない。持ち上げてベッドに上げようとすると腰に負担がかかり、悲鳴が上がるほどの痛みが走る。

こりゃ参った。

寝てもちっとも楽にならない。

何十分も時間をかけてようやく両足がベッドに乗ったが、今度は両足が伸びない。

腰が浮いたような状態で、少しも楽にならない。これでは眠気がやってきてるというのに、ちっとも眠れない。



わたしは普段から横向き、それも腹這いに近い状態でないと寝付けない人間だ。なのに、横向きになれない。寝返りが打てない。

しばらく、布団の中でもがき続けた。

つくづく、寝返りを打つという行為が健康体でなきゃできないということを思い知った。

腰を横にクイッとひねり、その反動で横を向くという一連の動作が、腰を痛めた今はできない。

少しウトウトした後、気がつくとやっと横を向いて寝られるようになっていた。

やはり安静にした後は、少し痛みが引いている。

明日はどうなるのだろう。というか、この痛みはいったいいつ引くのだろう。

このまま母のようになってしまったらどうしよう。

不安にかられながら、わたしは眠りについた。
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イジメ

2004年12月03日
ぎっくり腰をやって2日目。

こういう時に限って、いろいろ面倒なことがあるものである。

夕方近くになって、息子がいじめられたと言って帰宅した。

最初は公園で仲間はずれにされたと訴えていたのだが、詳しく聞いていくうちに学校で受けた様々なからかいに話が及んでいった。



4月にも同様のからかいがあったので、連絡帳に書いて先生に善処を依頼したのだが、あれからほとんど変わっていないと息子は訴える。

一週間前、担任との個人面談でも伝えたのだが、やはり変わらないそうなのだ。

ここは教頭先生に直訴するしかないと思い、学校に電話を入れてみた。が、午後から先生たちの研修があって出払っているらしく、誰も出ない。



息子は○○さん(イジメの首謀格の女子)が同じ塾に通っているので、今日は塾にも行きたくないという。

そこでわたしは塾にも電話をし、からかいをやめるよう担任の先生に申し入れた。

だが、それでもやはり行きたくない、駐輪場から塾への道を歩いている時にからかってくるから、と息子は涙ながらに言った。



困り果て、夫を電話で呼んだ。

「なに、塾に行かないだと?」

さっそくやってきて、息子から詳しい内容を聞きだす。最初はごねる息子に対して腹を立てていたようだった夫の怒りが、次第にイジメてくる子どもたちへと矛先が変わっていった。

からかいの言葉の中に、身体障害者を悪く言う文言が混じっていたからだ。



さっそく学校に電話を入れたが、やはり誰も出ない。

正義感の強い夫は我が子が虐められたからというより、そのことに腹を立てていた。

ここで手を休める夫ではない。今度は区役所に電話をかけ、教育委員会に直訴するという思い切った行動に出たのだった。

これにはわたしも正直驚いたが、呼んだからには夫にすべてを任せることにした。



教育委員会の担当者に学校名を言い、イジメをする子どもたちの名前をすべて挙げた。

その勢いで塾にも電話をし、夫は少しばかり横柄で高圧的な態度で追求した。もっとも別に感情的になっているわけではない。

夫はけっして頭に血が上りやすいタイプではない。相手がカッカして乱暴な口調になっても、冷静に言葉を返すほうだ。こうして高ビーな口調なのは戦略的な見地からである。

塾の事務員では「わからない」の一点張りで話にならず、担当の講師が授業を終えたら電話をくれるということで、いったん電話を置いた。



次いで、息子に身体障害者をイメージする言葉を吐いた男の子の家に電話をする。

彼はサッカー少年で、ママ似の可愛い男の子だ。そんな子だとは思っていなかっただけに、ちょっとショックだった。



電話を置いてしばらくして、学校長から電話があった。

対応の不備を謝罪し、きちんと対処すると確約してくれた。来週早々に全体集会で話し、クラスにも厳しく話すという。

夫はイジメが解消されるまで学校を休ませると伝え、とりあえず電話を切った。

はあ、やれやれ。



そんなこんなで家族会議している真っ最中、息子の携帯が鳴った。着信ナンバーを見ると、登録していない覚えのない番号だった。

そもそも息子の携帯は、「自宅、パパ、ママ、おばあちゃんち」の3つしか電話帳登録していない。それ以外からかかってくるものはいかがわしい所からなので、取らないように言っておいてある。

そこで、代わりにわたしが出た。

若い男の声で、「こちらの携帯から暗証番号○○○○という番号で『△○□ボイス』という番組にどーたらこーたら・・・」と言ってきた。

その瞬間、わたしはワン切り詐欺だと直感した。

ワン切りで残した番号にかけさせ、アダルトサイトの声を聞いたと言って視聴料を騙し取るという手口のものだ。

男が視聴料金が発生しているので金払えと言うのを遮って、わたしは脊髄反射的に怒鳴っていた。

「いい加減にしろ、馬鹿野郎! てめぇ詐欺師じゃないか!」

「はあぁ?」

相手はわざとらしく聞き返してきた。

わたしはその後もなにか怒鳴ったが、何を言ったかまったく覚えていない。怒りで頭が真っ白になっていた。

わたしは心を落ち着かせ、怒りで声を震わせながらも言った。

「あなたのところの住所と電話番号、あなたの名前を教えて」

相手は小馬鹿にしたような口調で電話番号だけ言った。

「住所は?」

と促すと、相手は

「言えません」

「どうして?」

「そんな怒鳴ってくるような人に住所なんか教えられません」

だと。

「住所を教えられないのは、てめぇが詐欺師だからだろ! おととい来やがれ、馬鹿野郎!」

と再度怒鳴り、わたしは電話を切った。

普段おしとやかなわたしにはまったく想像もしていなかったセリフがポンポン出てくる。

自分でも驚いちゃった。(大嘘)



その様子を見ていた夫は呆れたように、「なに?」と訊いた。

「ワン切り詐欺!」

わたしは憤慨しつつ、息子の携帯を夫に示し、相手が言った番号とディスプレイに残っている番号を見せた。

その二つの番号は下2桁が違っていた。



夫は自分の携帯で、その番号にかけ直した。

出た相手が同じ男かどうか不明だが、夫は「いま電話もらったけど、なんなの?」と気軽な口調で言った。

さすがはいつも冷静沈着な夫である。相手はどうのこうの言ったようだが、わたしみたいに簡単にキレたりはしない。

「へー、払えっていうの? じゃ住所を教えてよ」

と言うと、相手は教えられないという。

「なんで教えてくれないの。それじゃあ払えっていったって無理じゃん」

住所を教えないなんて、自ら悪徳業者だと言ってるようなものではないか。まっとうな請求とはまったくもって思えない。

「じゃ、そのなんとかボイスってとこの電話番号教えてよ。聞いてみたから」

と主人は言ったが、やはりこれも教えてもらえなかった。結局、

「とにかくうちは、そういうの聞いてないから。普段ぜんぜん使ってない携帯だから、ありえない」

と言い通し、「視聴料金は400円」という相手の主張を見事に引っこめさせた。



電話を切ってから、

「400円というのはどうも本当っぽいなぁ。誰かが間違って聞いたんじゃないの?」

と言う。なるほど、そうかもしれない。

塾で誰かに携帯を持って行かれ、それで電話番号を調べて授業中に鳴らされたこともあったと言うから、案外、その子が視聴したのかもしれない。

本当に詐欺だったら、何万円も請求するのが妥当だろう。



まあ、いいや。思い切り頭にきて久しぶりにプッツンしたが、怒鳴ってすっきりした。ちょうどイジメのことで腹を立てていたところだったので、虫の居所が悪かったのよね。相手も不運だったってもんさ。



で、そのまま親子で話し合うこと数十分。

夫の電話に一本の電話が入った。

「え? 近くまでいらっしゃってるんですか?」

その言葉にぎくり。嫌な予感が全身を走った。

まさか、まさか。

そう、そのまさかだった。

なんと校長先生が、我が家の近くまで来ているという。

そんな、困る。わたしはぎっくり腰2日目、パジャマ同様の部屋着でスッピンだった。部屋は散らかり放題、とまではいかないものの、油断していたためちょっと雑然としている。



小1の娘は大喜びで夫と共に、道路まで迎えに出た。

わたしは2階へ上がり、まず着替えた。化粧はとても間に合わない。あたふたと眉を描いていると、どうやら校長先生が到着したようだ。

下へ降りると、校長先生がダイニングの椅子に掛け、正面に座る息子と話しているところだった。

「こんばんは」

わたしが挨拶をすると校長先生は振り向き、挨拶を返した。

学校でしかお会いしない校長先生が我が家のダイニングにいるというのが、どうにも不思議な感覚だった。

わたしは腰が痛いのをこらえつつ、紅茶を入れて出した。

「お母さんもお座りください」

と促されて、椅子に腰を下ろした。その掴まりながらのソロソロとした動きに、校長先生は「どうしたんですか?」と不審がった。

「ぎっくり腰で」

とわたし。

「あ、そうなんですか。実はわたしも・・・」

と、腰を痛めているもの同士、イジメ問題そっちのけでぎっくり腰の話題になってしまった。

で、また話題を戻し、夫、息子を交えて1時間ほどお話しして、先生は帰られた。



お見送りしてから、「あ~びっくりした・・・」とわたしは溜息をついた。

まさか校長先生がいきなり来るとは予想だにしていなかった。

なんでも教育委員会からの連絡を受け、学校の帰りに立ち寄ったというのだが、すでにとっぷり日も暮れた夜間である。

校長先生も大変だなぁ。



しかも週が開けて月曜日には再び電話を頂き、次いで担任と代わっての会話となった。

連絡帳や面接で伝えたときとはあまりにも違う対応の連続に、いささか呆れと戸惑いもあった。

“もっと前から本気で対応してくれたら良かったのに・・・。”

そんな気持ちもあるし、

“教育委員会に言った途端にすっとんできたもんな・・・。”

と呆れもするし、

“はっきり抗議して良かった。”

とホッとした気持ちもある。



強く言ったら言ったなりの成果もあるし、本気で言わないと相手には伝わらないものなんだ。ちょっと連絡帳に書いたくらいのことでは、学校は本気で動かない。

動いてもらうためには、こちらも本気で怒らないといけないんだなと悟った。



最近はあまり見かけないが、ひところイジメによる中学生の自殺が世間を賑わせたことがあった。

学校も親もイジメに気づかず、本人もいじめられているなんて誰にも相談できず悩みを抱えたまま命を絶つというケースが多かった。

また周囲も気づいてはいたが、そこまでひどいとは思わず、対応が甘かったというケースもあった。



いずれにしても、本人が「俺(わたしは)はいじめられているんだ! なんとかしろ!」という怒りを持って抗議しなくては、道は開けないのではないだろうか。

幸いというかなんというか、うちの息子は泣き虫で嫌なことはすぐに親に訴えるたちなので、事は簡単に発覚した。

イジメを受けたなんて恥ずかしくて言えず、悩みを打ち明けないタイプや我慢強い子などは、ストレスを抱えたまま潰れていってしまうのかもしれない。



どちらにせよイジメ側に罪の意識は薄く、今回の息子のケースも、相手の子たちや親たちの反応はいまひとつ強いものではない。

謝罪の電話ひとつかかってこないので、夫は再び学校に電話を入れた。



そんなものかもしれない。怪我をさせたというのならともかく、”からかい”の言葉を投げかけたくらいで死ぬものじゃなし、という程度にしか思っていないに違いない。

ある親などは、息子に投げかけられた”からかい”の言葉を「うちでもよく言っているんですよ」と語ったという。

うちでしょっちゅう口にしているからといって、外で言ってはいけないことくらいわからないのだろうか。

虐める側と虐められる側の、この温度差の違い。

呆れるばかりに溝は深い。

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ぎっくり腰の翌々日

2004年12月03日
昨日の項にも書いたが、2日目はあちこちに掴まりながらではあるものの、なんとか歩くこができるようになった。でも、椅子に座っていてもちょっと痛い。腰の一点にちょっと力がかかったりすると、ギクッと痛む。



そんな状況が一変したのは、小さな低周波治療器の存在に気づいてからである。

オムロンの温熱治療もできる、2万円程度のものだ。

よく肩が凝ったときに使っており、1回の使用で数週間は肩凝り知らずという優れものである。



その低周波治療器のパッドを、ものは試しと腰のもっとも痛い部分に並べて張ってみた。

腰がびりびりするのもちょっと怖いなー、と思いつつ、徐々に強度を上げていく。

1200Hzを選び、15分ほどピクピクさせる。で、ちょっと位置を変えて15分ピクピク。



合計40分ほど患部周辺にパッドを当てながらパソコンでの作業を終え、パッドを外して、わたしは立ち上がった。

すると、あら不思議。

背骨のもっとも痛かった箇所が、痛くない。

すとすと歩くのはまだ怖いから掴まりつつ移動するが、やっぱり痛くない。

階段も手すりにしがみつきながらだけど、やっぱり痛くない。



あんな簡易な低周波治療器でこんな効果があるとは、実はあまり期待していなかった。

まったくもって驚きである。

これならマッサージや整体に行かなくても、ちょっとした肩凝りや腰痛くらいなら治ってしまいそうだ。



で、本日土曜日はPTAのお手伝い日、学校の図書室で折り紙教室がある。

といっても講師を務めるのではなく(わたしはツルしか折れないのじゃ)、複数のママさんたちが最初に先生役のお母さんから教わり、グループに分かれて子どもたちに教えるというもの。

クリスマスをテーマに、リース、星、靴下の3点だ。それを一枚の画用紙に貼る。

最初は、えーっ、3つもやるの? と思ったが、覚えてしまうと3つでは少ないくらいだ。それでも子どものレベルにあわせて1点少なくしてあるらしい。

4つめはソリに乗ったサンタさんで、これはさすがにちょっと難しかった。



さて、講師役のママさんに教わっていると、打合せ室に校長先生がみえた。

昨日我が家においでいただいたよしみから、なんとなく親しみが沸いているから不思議だ。

ちょっと不器用な先生に、こうやって、こう。なんて教えてあげたりする。

先生は「腰はどうですか」と気づかってくださり、わたしは「まだ痛いです」なんて答えた。



痛いし、背中はちゃんとまっすぐ伸びないし、立ったり座ったりも掴まらないとできない。

だが、周囲には親しいママさんもいないし、よく知らない人に「ぎっくり腰やっちゃて~」なんて言えない。

かなり我慢しつつ、一生懸命、子どもたちに教えた。



子どもたちにとっては一年に一回きりかもしれない折り紙教室。(春もあったのだけど)

ちゃんと教えてあげないと、作品がうまく完成できなくて、クリスマスに飾れない。

真剣な子どもたちのために、わたしもかなり真剣に、でも一緒に楽しんで折ることができた。



それにしても、今まで「行ってらっしゃい」と無責任に送り出し、子どもが持ち帰った作品を「ふ~ん」ってな感じで無責任に眺めていた折り紙教室。

主催するほうも、教えるほうも、とても大変。

そして、教わる子どもたちにはとっても楽しいひとときのようだ。



1時間半があっという間に過ぎ去り、子どもたちの作品も一通り完成。

子どもというのは不思議なもの、器用さや理解度も千差万別だ。

あまり上手そうには見えなかった男の子がさっさと理解し完成させていくのに対し、最初は上手そうだった女の子が込み入った箇所になるとうまくできず、最後の方でグチャグチャになってしまったり。



立体的な理解は男の子の方が優れているのかな?

でも手を貸してあげて、その女の子もなんとか完成。今頃、彼女の家にあの作品が飾られているかしら。
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