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ねりま演劇を観る会「王女メディア」

2012年02月29日
御年78歳になる平幹二朗主演、「王女メディア」を観てきました。
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女性の役もすべて男性が演じる歌舞伎みたいなギリシャ古典劇です。
昔ツッパリ役で好きだった石橋正次さん、「鬼兵犯科帳」の伊左次役で好きだった三浦浩一さんなどカッコイイ役者さんたちも出演されていました。

題材は我が子を手にかけることで裏切った夫への復讐を果たすギリシャ神話のメディアですが、普遍的な、もしかしてどこにでもある男と女の愛憎に満ちたドラマになっています。

話が進んでいくうちに平幹二朗が女性に、それもうら若き王女に見えてきたから不思議です。
可愛い我が子を泣く泣く殺し、その死を見せつけることで夫に深い痛手を負わせたい。夫を愛しすぎたが故に恐ろしい所行に走る女を、平幹二朗は説得力満点に演じきりました。

しかし、不実な夫役が爽やかでイケメン過ぎる城全能成さんなので、ぜんぜん憎めない感じで(笑)これは成功なのか失敗なのか微妙なところです。
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ねりま演劇を観る会「ホブソンの婿選び」

2012年07月30日
ねりま演劇を観る会で、仲代達矢さん率いる「無名塾」の演劇を観てきました。

タイトルは、「Hobson's Choise~ホブソンの婿選び」。Hobson's Choiseは「ホブソンの選択」という意味ですが、日本語サブタイトルの「婿選び」よりこちらの方が内容に合っていると思います。
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舞台は19世紀末のイギリス。大酒飲みのホブソンが営む靴屋は目抜き通りにあって、上流階級の顧客を持つ一流店。床下の工房では2人の職人が靴を手作りしています。

ホブソンは妻に先立たれたやもめで頑固者で暴君。3人の年頃の娘たちの”口ごたえ”に手を焼いた挙げ句、「嫁に出す!」という結論に至るが、長女のマギーに対しては行き遅れだから残れと宣告します。

優秀な売り子であり経理にも明るいしっかり者のマギーと、流行のドレスを着て街をチャラチャラ歩きたい2人の妹との対比が面白いです。

妹たちにはすでにいい人がいて、父の「結婚させる」宣言に小躍りします。
でも、飲み仲間に「嫁に出すには持参金がいる」と言われたホブソン、「やっぱやーめた!!」と宣言撤回。娘たちは失望しますが、賢いマギーには誰にも思いつかない超ウルトラ級の秘策があったのです。

切れ者で男勝りのマギーが結婚相手に選んだのは、なんと床下の職人ウィリー。
ウィリーは字が読めず、あんまり頭の回転もよろしくない、なんともおどおどした小心者。だけど靴づくりにかけては一流の腕前を持ち、上流階級の奥様がわざわざウィリーに会いに来るほどなのです。

そんなウィリーに目をつけたマギーは、「もう下宿屋の娘と婚約している」と激しく拒絶されても臆せずひるまず、強引に言い寄ります。

マギーの秘策とは、ウィリーを店から引き抜いて独立させ、2人で店を持つというもの。売るのも計算も得意なマギーと、素晴らしい靴を作るウィリー。最高の組み合わせじゃないの~!!

と勝手に陶酔し、明るい未来を戸惑うウィリーの前に展開してみせます。
ウィリーはパニックに陥りながらも、「だだだだだだって俺、あんたのこと愛してない!」と、そこのとこだけはキチンと主張しますが、強引に押し切られて結婚することになってしまいます。

女性が無理矢理結婚させられる話は悲劇なのに、男が好きでもない女性と結婚させられる話はどうしてこうも面白いのでしょう。

秀逸なのは結婚式の夜、つまり初夜のシーン。結婚式の後だというのに、ちゃんとウィリーに読み書きの練習をさせるマギー。そしてウィリーも初夜の緊張感を感じさせず素直に書き取りを練習します。

マギーは先に別室のベッドへ。
やがてウィリーは書き取りを終え、マギーの方を気にしながらもそのままソファで眠る体勢をとります。

どうするマギー!
なかなか現れない夫を待ちながら、このまま初夜をすっぽかされてしまうのか!?

と、妙な緊張が走ります。

しかし、心配ご無用。男より男勝りなマギーはさっと戻ってくるとウィリーの耳をひっぱり、強引にベッドルームに連れ込んでしまいます。

ここで観客から爆笑と拍手が起こりました。
心配なんかして損した! さすがはマギーだぜっ! ブラボー!!
という、声にならない喝采が拍手に込められているように感じました。 

意に染まない結婚をさせられた新妻がベッドルームに連れこまれるというのは悲劇ですが、男が好きでもない女性と・・・以下略。

2人の妹たちも、ホブソンから金を巻き上げて持参金にするというマギーのこれまた見事な計略により、めでたく好きな男性と結婚することができました。

しかし、マギーとウィリーが去ったホブソン靴店は、すっかり閑古鳥の鳴く店に。
上級階級の奥様をはじめとする顧客たちはウィリーの作る靴を買い求め、夫妻の店は条件もよくないのに大繁盛したのでした。

そして、一年後。
病気をしてすっかり弱気になったホブソンを、マギーが見舞います。医者の強い勧めもあり、ホブソンはマギーに「戻ってきて面倒を見てくれ」と頼みます。

マギーのあのギラついた勝ち気さは影を潜め、「夫に相談してみないと」などと普通の人妻のようにしおらしいことを言います。そこへウィリー登場。

マギーによって教育を施され、経営者としての自信をみなぎらせたウィリーは強気の言動でホブソンを圧倒します。そのあまりの変貌ぶりにホブソンは自失呆然。
ハナからウィリーを馬鹿にしていた妹たちも、お口あんぐり、目が点!!(゚〇゚;)

ここらへんの2人の変貌ぶりはお見事!! の一言です。
最初は小心者で馬鹿っぽかったウィリーが、歩き方もしゃべり方も「やり手の経営者」へと成長し、マギーに堂々と指図するまでになっていたのですから。

一方、マギーも「常に夫のすることに従います」的なムードを発散する貞淑な妻に変身。少し化粧が濃くなって美しくなったけれども、慎ましいドレスに身を包んでいます。
商社マンや弁護士と結婚して「上流の仲間入り」を果たした華美な妹たちとは、見事なまでに一線を画しています。
お店が繁盛して暮らし向きは豊かになったはずなのに、決して派手なドレスを着ないところがマギーらしくてステキです。

ウィリーはマギーともども戻ってホブソンと暮らすことを了承し、店の共同経営者となります。

でも、実はネ・・・。
てな軽いオチが最後にあるのですが、まあお芝居を観ていればだいたい察しはつきます。
ウィリー演じる松崎謙二さんの演技力にも拍手を送りたいです。

もちろんハッピーエンドで、めでたしめでたし。

ホブソンはきっと今後も手の焼ける頑固オヤジのままなんだろうな。ドクターに止められたから大好きな酒は断つことは断つんだけど、時々は盗み飲みかなんかして、マギーに怒られて。
ウィリーもかつての「だんな」に頭が上がらないながらも実直に接し、3人はいい家族になるんだろうな。
マギーに子どもはできるかな? できるといいな。

などと、観終わった後も思わず第3部? を想像してしまう楽しい余韻が残るお芝居でした。

ここで、最初に「ホブソンの婿選び」というタイトルより「ホブソンの選択」の方が内容に合っていると書いた理由がおわかりでしょう。

実際のところ、ホブソンは「婿選び」には携わっていませんでしたね。
娘たちに反旗を翻されて寂しい一人暮らしになった末、詫びを入れてウィリー夫妻に同居を頼むという『選択』に至ったことを表しているのではないかと、わたしは思うのです。

ところで、ホブソンは店の経営の面でも生活の面でも最初からマギーに頼っていて、「お前は行き遅れで、もう結婚できない」と宣告したのも、ゆくゆくは店を任せてオレの面倒もみてもらいたいという気持ちから『選択』した非情な宣言だったのではないでしょうか。

チャラチャラした下の二人には初めから期待しておらず、マギーの経営の才覚を見込んでマギーこそオレのすべてを託せる娘だ!という確信があったのかもしれません。

その意味では、最初の『選択』通りの結論に落ち着く『選択』をしたホブソン。ちょっと遠回りしたけど、どちらも望みどおりの人生の『選択』を果たしたというわけです。
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ねりま演劇を観る会「タップ・ジゴロ」

2012年08月18日
先日は、仲代達矢さんの「ホブソンの婿選び」でした。とっても面白かった!(感想はこちら!

9月の演劇は博品館の「タップ・ジゴロ」です。これまでの演劇と違い知っている人がたくさん出演されるので、とっても楽しみにしています。

声優の井上和彦さん、横山智佐さん、宝塚出身の星奈優里さん、大鳥れいさんの4人です。

井上さんは長いキャリアを誇る売れっ子声優で、洋画の吹き替えでもアニメでも、この方が演じると全員ステキに見えてしまうと言う素晴らしい声の持ち主。

あ~もう、今からハートが痺れっぱなしです!!
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「演劇を観る会」は同じ劇で1日は夜、1日は昼間と二日間上演してくれるのですが、これまではすべて夜の部しか観られませんでした。
でも、次回は仕事の休みがちょうど昼間の部の日と重なるので二回とも観られそう!!

まさにラッキー♪とはこのこと。
二日間にわたって井上和彦さんの声をナマで聞けるなんて。日向薫さんから稔幸さんまでずっと愛し続けた星組の、(わたしにとっては)最後のトップ娘役だった星奈優里さんを間近で観られるなんて!!

井上さん、星奈さん、練馬は東京23区の中でもっとも暑いので驚かれるかもしれないけど、その練馬の灼熱の空気より熱いファンがお待ちしておりますよ!!

ちなみに、テレビで日向薫・毬藻えりコンビの「ベルサイユのばら」を観た日からわたしの宝塚ファン歴は始まり、絵麻緒ゆうさん退団で終わりとなりました。
稔さんの後は絵麻緒さんがトップと信じて疑わなかっただけに、専科から雪組トップ、そして一公演のみの退団という劇団のあまりのやり方に気持ちが引いてしまいました。

今でも絵麻緒さんのサヨナラ公演「追憶のバルセロナ/ON THE 5th」は、わたしの中では「星組のトップになったぶんちゃんのサヨナラ公演」というムチャな位置づけになっております(笑)

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劇団青年座「赤シャツ」観てきました

2012年11月22日
 ふた月にいっぺんのお楽しみ、「ねりま演劇を観る会」の観劇会。11月の公演は劇団青年座の「赤シャツ」です。
 
 赤シャツってなんじゃらほい、と思う方も多いかもしれません。わたしもそうでした。解説を読むまでは「一体なんのお話だろう?」と思いました。
 
 実はこれ、夏目漱石の「坊っちゃん」に出てくる主人公の敵役、陰湿な悪玉である「赤シャツ」を主人公に据えて書かれたオハナシなんですね~。
 
 物事を180度反対側から観ると、こういう解釈もできるのか・・・なるほど!と唸らされること間違いなしの傑作だと思います。

 傑作などと大上段から書いたそばからお恥ずかしいですが、実は私、「坊っちゃん」をきちんと読んだことがありません。というか、最初の1ページで挫折したクチです。

 中学生時代、アメリカのSFやらスペースオペラやらを読みあさっていた夢見がちなSF少女だった私、純文学というものにまったく興味が持てませんでした。「坊っちゃん」のセリフのほとんどがカギ括弧でくくられずベタ打ちの文章だから、とても読みづらく感じたのも原因の一つです。

 例えば、こんな感じ。
 『人が丁寧に辞令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来たまえアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀を心得ぬ奴の所へ誰がいくものか。』
 といった調子です。

 それでも、一般常識程度には内容を把握しているつもりです。主人公・坊っちゃんは一本気な気性の正義漢で、四国の旧制中学校に着任したばかりの新人教師。対する赤シャツは教頭で、嫌みで、敵役・・・くらいの知識ですが。

 で、今回の「赤シャツ」という劇に坊っちゃんは陰ボイスのみで、姿はいっさい登場しません。物語は坊っちゃんが着任する少し前から始まり、坊っちゃんがやってきて、去るまでを赤シャツこと教頭の目線で描いています。

 赤シャツは四国の旧制中学校の教頭をしている帝大出身の文学士で、いわゆるインテリ。文学をこよなく愛し、音楽を愛し、野蛮な争いごとは大嫌い。戦争に行きたくないので徴兵されないよう策を弄したが、そのことで年の離れた弟に軽蔑されてしまい、傷つく繊細さも持ち合わせている。
 「親譲りの八方美人で子どもの頃から苦労をしている」は、本人の弁。

 女性的な雰囲気で話し方もナヨナヨしていて、第一印象はちょっと嫌みな感じ。しかし、話が進むにつれ、他人への気遣いを人一倍持ち合わせている人物で、その思慮のある振る舞いに好感を抱くようになります。脚本も役者さんの演技力も優れていて、「実はいい人なんじゃん」と思わせる説得力があるのです。

 さらに、原作でも美貌とすぐれた内面を賛美される「マドンナ」も、この「赤シャツ」では少し違います。婚約者(原作の”うらなり”。親同士が取り決めた婚約である)がいるにも関わらず、帝大出身のインテリである教頭に恋い焦がれ、ストレートに言い寄る大胆な令嬢として描かれています。

 教頭は、彼女の薄っぺらな内面を鋭く見透かし、うかうかとその求愛に応じることはありません。
 マドンナの婚約者は、教頭の部下にあたる英語教師。うらなりのことを、芸術や文学への想いを分かち合える数少ない友と見なしている教頭は、うらなりともっと仲良くしたいと思っています。そんな彼から婚約者を奪おうなどという気持ちは微塵も持ち合わせていないし、人に悪い噂を立てられたくもない。

 教頭に拒絶されたマドンナはストーカーまがいの行動を取り始め、それが人目に触れて噂が噂を呼び、事態はあらぬ方向に向かってしまう。とうとう「教頭がマドンナに横恋慕し、彼女を奪うためにうらなりを延岡の学校に左遷させた」という、正反対の話に膨れあがってしまいます。

 事実は、マドンナが一方的に婚約破棄を言い渡し、それを苦にしたうらなりが自分から転勤を願いでたのだが、世間はそう取らない。単純な”坊っちゃん”と、一本気なことで性格の通じる”山嵐”は憤慨し、赤シャツを闇討ちして殴る蹴るの暴力を加えます。

 それでも教頭は、坊っちゃん・山嵐を訴えることはしません。それまでも、彼らの一本気で粗暴な言動を嘆きつつ、それとなく庇ってきたのに、単細胞な彼らは気づくことも感謝することもありません。挙げ句、坊っちゃんは悪い思い出だけを胸に、松山を「不浄の地」とまで言い放って去っていきます。
 
 上司を襲って怪我を負わせても警察沙汰にならず、無事に東京に帰ることができたのに、なんという恩知らず。今なら実刑判決を受けて刑務所行き間違いなしですが。

 この劇には、誤解が重なって苦境に陥る教頭のリアクションが面白いというだけでなく、あの事件を反対側から観たら実はこうだったのか! そういう解釈もありかも! と納得させられてしまう展開や、単純な正義がいかに馬鹿げたことか思い知らされる内容がいっぱい詰まっているように感じます。

 
 ”恋人の横取り”が例え本当のことだったとしても、暴力に訴える直情的な行動が「正義漢」のすることでしょうか。「相手が悪いことをしたのだから制裁を加えてもいい」という主人公の思考回路はかなり問題です。まして、こんな男を名作文学の主人公として長年愛してきた日本人にも、そういう考え方が悲惨な戦争を生むのだという自覚と反省が必要なのではないでしょうか。

 物事には表と裏があり、一方向から見た「正義」だけで一方を「悪」と決めつけ、制裁を下すことがいかに馬鹿げたことなのだという気持ちになりました。
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